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最近、友人を介して知り合い、刺激的なお話を聞かせていただいている暗号学者・高橋彰(Akira
Takahashi)さんが、「はみだしライナーノーツ」を寄稿してくださいました。
高橋さんは暗号理論やプライバシー強化技術(PET)、情報セキュリティの分野で活躍されている専門家で、現在は米国の最大手投資銀行のAIと暗号に関する部署において、シニアリサーチサイエンティストとして最先端の研究に取り組まれています。
専門的な視点から綴られた文章は、示唆に富み、とても刺激的です。ぜひ多くの方に読んでいただけた
ら嬉しいです。
石橋英子– 『Antigone』について
Review: Eiko Ishibashi – Antigone
「『Antigone』のライナーノーツを書きませんか」というお話をいただいた時、大変光栄に思うと同時に少し頭を抱え込んでしまった。私は研究という仕事の性質上、査読(peer review)といって、学術誌や国際会議に投稿された論文を読んでレビューを書く機会は多いのだが、「音楽」のレビューとなると全く未知の世界である。なんの音楽的素養も無い自分は音楽的・詩的表現の奥深さについて語るための語彙を持ち合わせていないが、傑作『Antigone』の鑑賞体験を共有できることの喜びは何事にも代えがたい。よって二ヶ月ほど生活の一部として『Antigone』を聴き続ける中で個人的に想起したことを書き連ねたい。
『Antigone』の多様な世界観について語り尽くすことはできないが、アルバム全体に頻出する概念の一つとして、まずは二つの世界を分ける「境界」に着目したい。例えば、『Mona Lisa』における「キーボードの隙間」、『The Model』では此岸と彼岸を分ける「運河」、最後の『Antigone』に至っては今日と明日を分ける「日付変更線」や地球と宇宙を分ける「カーマンライン」、といった具合にである。ここから私が連想したのは、暗号学における基本的な安全性の定義である。ざっくり言うと、図1 に示すように「二つの世界の境界上にいる識別者が、どちらの世界にいるのかはっきり決定できない状況」が作り出された場合に、与えられたアルゴリズムやプロトコルが暗号学的な安全性を持っている、と定義される。暗号方式の安全性を厳密に証明するための根幹となる考え方である。暗号学においては識別者= コンピュータとなってしまうが、アルバム『Antigone』の一面をモデル化するならば、これを「人間」に置き換えても良いだろう。少し妙な例えだと思われるかもしれないが、要は境界上に立ちながら逡巡する、といった誰もが遭遇するであろう状況を単純化したモデルと見なしていただいて構わない。このアルバムをきっかけに、自分が置かれた境界的状況を改めて見つめ直す人は少なくないだろう。かく言う自分も優柔不断な人間である。卑近な例だが、先日も飛行機に乗った際、機内食を「チキン」にするか「パスタ」にするかの選択に迫られ、しどろもどろになってCA の方を困らせてしまった。そういった局面で即断できる人は格好良く映るが、アルバム『Antigone』は優柔不断な自分も案外悪くないのではないか、という気分にさせてくれる(CA の方には申し訳ないが)。

図1 安全性定義の概念図。典型的にπ は現実の暗号プロトコルを、ε は安全性の要件を記述した理想的なプロトコルを示す。記号A は攻撃者(Adversary) や識別者(Distinguisher)を意味するが、ここではアンティゴネと読み替えても良い。
次にアルバム全体から「世相」がもう一つの無視できない点として浮かび上がってくる。のっけから恐縮だが、自分は世相というものに大変疎い。今自分がいるバブルの外で何が起こっているのか、もっと知らなければとは思っているものの、現実の問題というのは複雑過ぎて、自分の頭では全体像を把握できないことがほとんどだからである。とはいえ普通に生活していれば断片的な情報というのは人づてに、あるいは街中でたまたま遭遇した出来事を通じて嫌でも自分の頭に流入してくるわけである。言うまでもなく美しい楽曲の群から成るこのアルバムを聴きながら「血が光る」「強烈な音がflying」「大量虐殺」「“自己責任”」といったフレーズがいきなり聞こえてくると、市中の一人として世の中の動きを散発的に見聞するプロセスを追体験しているかのような、そんな気分にさせられる。アルバム全体に散りばめられた示唆的な言葉が具体的に何を指しているのか、私には断定することができない。しかし本アルバムの鑑賞体験を着火点として世相だったり歴史的出来事だったりをあれこれと連鎖的に考えざるを得なくなる、そういった作用があることだけは間違いないだろう。
アルバムを締めくくる表題曲『Antigone』は個人的に一番のお気に入りである。特に繰り返し登場する「失われた未来のパスワード」とは言い得て妙な表現だ。情報セキュリティ的視点からは、パスワードに依存した認証方式が廃止され、代わりに生体認証や暗号鍵管理モジュールに基づいた認証方式が台頭している世の中の流れを想像すると合点がいく。一般的に、認証の安全性を担保するには高い「ランダム性」を持つ秘密の文字列(図2 左を参照)を用意する必要があるが、人間の頭で思いつきうるパスワードは一見ランダムに見えても実際は偏った文字列(図2 右を参照)しか実現できないと言われている。要するにヒューマンエラーの少ない別の認証方式に移行しようというごく自然な流れではあるが、裏を返せば人間に対する不信感を反映している流れでもある。そんなパスワードを『Antigone』はあえて「取り返して」と言うのだから、(情報セキュリティの)世相に逆行しているようにも思えて面白い。人間がパスワードを取り返した結果、果たしてどれだけランダムなことを思いつけるのか。『Antigone』の歌詞にはそういった問いかけが含まれているかのように、勝手に想像を膨らませた次第である。

図2 ランダム性を複素平面上で視覚化した図。左図は一様にランダムな状況を、右図は偏った状況を示す。「パスワード」を取り返した場合、どちらの状況になるのだろうか。
さて、これはライナーノーツということで、蛇足ながら私なりの拙い「各曲解説」を付記させていただきたい。A 面のオープニングを飾る『October』は、「摩天楼」から「あいつの部屋の片隅」にいたるまで、あらゆる場所で起こった出来事を分け隔てなく俯瞰する、本アルバム全体に通底する視点を提示しているかのようだ。石橋英子の頭は地理的・時間的制約なしに世界中から飛来する情報を常に受信し続ける「管制塔」のような役割を果たしているのかもしれない。忙しく飛び交う無線のような音を聴きながらそのようなことを考えた。前の曲が外部刺激を積極的に収集する意識的な日中の脳だとすれば、『Coma』は無意識のうちにもあっても、社会とのつながりや気持ちのゆらぎを忘れられなかったりする、就寝中の脳の状態のようだ。混沌とした夢の中にいるかのようなミュージックビデオもあわせて楽しんでほしい。『Trial』には少しぎょっとさせられる。特に後半の、静かに湧き上がる怒りを守り立てるようなベース・ドラム・サックスのグルーヴが印象的である。続く『Nothing As』は打って変わって瞑想的な一曲である。ジム・オルークによる歌詞には情報が錯綜する世の中で平静を保つためのヒントが隠されているかのようだ。『Mona Lisa』には、およそタイトルからは想像もつかないような「イオン清浄機」や「入金のお知らせ」など多岐にわたる概念が登場して若干混乱した。しかし、これらが曲の上に乗っかると何の違和感も無くなるどころか、心地良く聴こえるのだから音楽というのは不思議なものである。公民館のカラオケで歌うおばあさんをフィーチャーした大変魅力的なミュージックビデオも見逃さないようにしてほしい。
B 面の『Continuous Contiguous』では、ぴっちりした「スポーツウェア」に身を包んで西海岸を優雅に走るブロンド女性の姿が浮かんだかと思えば、「荒野」だったり所狭しと並んだ「シリコン製」のメモリーセルに突然場面が切り替わる。もし今後サンフランシスコに行く機会があれば、この歌詞に登場するすべての要素がどう繋がっているか探ってみるのも面白いかもしれない。8分半にわたり緊張感の漂う『The Model』は面白いことに、(少なくとも私の耳では)絶対に聞き取れないようなモニョモニョした声が歌詞カードにはっきりと記してある一方で、結構聞き取れるのに歌詞カードには記されていないフーコーの引用が登場したりする。そういった興味深い仕掛けとは独立に背後でデリケートにリズムを刻み続けるドラムにもつい聴き入ってしまう大作である。先ほども取り上げた表題曲『Antigone』は個人的なお気に入りである。なぜ好きなのか言い表すのは難しいが、重苦しい雰囲気の漂うアートワークに反して、本曲がある種の安心感に似た余韻を残したままアルバムが終わるからかもしれない。
『Antigone』を聴き続けることで今後も様々な発見や気づきがあるのだろう。引き続き、時間をかけて丁寧に嗜んでいきたい。このような素晴らしい作品を世に送り出してくださった石橋英子とすべてのコラボレーター・関係者の方々に惜しみない拍手と敬意を捧げたい。